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題名:ひとめぼれ前の慨視感に対する補足
報告者:ダレナン

 本報告書は、基本的にNo.697の続きであることを、ここで前もってことわりたい。

 先の報告書にて、ひとめぼれ前の慨視感について提唱するとともに、恋ゆえのときめきは、個人の内観以上の存在性があったとして、そこに量子論的な結びつきも何か存在する可能性も示唆した。その報告書を読むに際して、気付いた方もおられるかもしれないが、慨視感は、既視感(きしかん)ではなく、慨視感(がいしかん)とした。以前の報告書のNo.276にて、既視感(デジャヴ)について説明があったが、デジャヴとは、初めて見た景色なのに、見たことがあると錯覚を覚える現象であることに相違ない。しかしながら、慨視感(がいしかん)はこれとはやや異なり、「慨」には漢字の偏として立心偏が含まれる1)。また、「慨」にはその意義として、胸が一杯になるくらい感情があふれる、がある2)。このことから、既視感(きしかん)とは異なるニュアンスが、慨視感(がいしかん)には内包されていることとなる。そこで、先の報告書は漢字の間違いではなく、ここはあえて慨視感(がいしかん)としたことに対して、ここで補足し、それがひとめぼれ前からの状況としてどのような作用をヒトにもたらしているのかについて探りたい。
 慨視感(がいしかん)については、実は思い込みに端を発する。なんとなく既視感(きしかん)と字が異なる感じがしたが、感じの漢字で、そのままとした。後で気がつくも、既視感(きしかん)よりも、ひとめぼれ前の脳内に関して推敲すると、推考せずに推敲したことがよかったのかもしれない。感じの漢字、と、推考せずに推敲、とダジャレオンパレードであるが、思い込みは、ある時にふとこれが正しいのではないかとも思えることもある。まさに、慨視感(がいしかん)、と、既視感(きしかん)、もそれと同じ、である。
 科学的には文献3)にあるように、愛は脳内物質が決める。中でも、ひとめぼれという現象で視覚的な要素として働いている脳内物質は、フェニールエチルアミン(PEA)の働きによる3)。このPEAは別名、愛のホルモンとも言われ、愛の幸福に酔いしれているときに、おそらくPEAが任務を果たしている、とされている3)。ヒトの場合、進化するに従って脳内の中央部の上方部分が性的な反応を司り、そこは、認知を司る領域とNo.521でも示したように情動も司る大脳辺縁系も含まれる。同時に、性的な刺激も、匂いと接触という直接的で反射的なものから視覚に依存するようになった3)。そして、この時に感じた欲望や魅力は記憶の中に蓄えられ、行動にも影響を及ぼす3)。ヒトの外観や服などの重視は、これの影響下にある3)。テレサ・クレンショー博士3)によれば、ひとめぼれとは、結局は、フェロモンという秘密の匂いで引き寄せられ、なんらかの接触でつなぎとめられ、最後にPEAが登場して一気に「魔法の時間」に持ち込む現象ではないかと、類推している。まさに、こころの中にすでにある視覚優位の記憶(「慨視」)の思いが、まだ見ぬ相手への想いとなり、その想いが、ヒトのフェロモンを分子的に構成しているかもしれない、それに由来する量子論下の磁力的な何かの引き寄せの法則(No.88、No.78も参照)に基づいて、出逢ったときにフェロモン分子が互いに合致し、PEAが放出され、瞬時にして互いが思い込み、そして、感じる、となるのであろう(かもしれない)。それが量子論的な結びつきも含めた、ひとめぼれの正体に違いない(かもしれない)。

1) https://kotobank.jp/word/%E7%AB%8B%E5%BF%83%E5%81%8F-657980 (閲覧2018.1.3)
2) https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%85%A8 (閲覧2018.1.3)
3) クレンショー, T: 愛は脳内物質が決める. 講談社. 1998.



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