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題名:「ジョージさいこーだぜ」の風に吹かれて
報告者:ダレナン

 本報告書は、基本的にNo.1253の続きであることを、ここで前もってことわりたい。

 インタセプターに乗り、スイッチをオンして、スーパーチャージャーでれっつごー。そう、おれの名前は、「マックス」。決して、マクドナルドに行くことはない。それを言うなら「マックする」だ。間違えるな。てなぐらいで、前置きを書きつつ、ようやく見た「マッドマック 怒りのなんじゃら」。なんじゃらを調べようとするも、窓マックスとなる。なぜここで調べようとして、窓マックスとなるのだ。「ちきしょうめ」。ここで、レビューするかのような勢いで、そのなんじゃらは、ドンジャラにも似て、ゴールできない。でも、ジョージ・ミラー監督の針は振り切れ、世の中の世相をことごとく反射するミラーのようで、そのなんじゃらは、デスロードであったことに調べがついた。よーし、ここから始まる。「ジョージさいこーだぜ」。
 映画館で見なかったのには、わけがある。楽しみにしていたのに、気が付くと何かに追われ、上映が終わっていたのだ。アルコールというスーパーチャージャーなしでは、生きては行けない、そのデスロードは、現実的に、です・ロードなのだ。丁重にです・ますしないと、やっては行けない人生という生き方の線路にのったロードなのだ。そこには、給料という安住の金銭があたりつつも、もはやハードな砂漠地帯ではなく、つまらないオアシスなのだ。そうだ。ジョージとともに、オーストラリアから映画の虹をかけた、ジョージとともに、再び希望というイマージュ(No.1253)のある砂漠へ行かねばなるまい。
 その砂漠は、ナミビア砂漠で、480時間も記録したフィルムなのに、上映時間はたったの2時間1)。その2時間の圧縮率は相当なものだ。「ジョージさいこーだぜ」。
 どう考えても、どう考えても、これを超える映像など、この先ない。振り切れているのだ。ジョージのはりが。タンクローリーの後方の左右の如く、針が突出しているのだ。「ジョージさいこーだぜ」。
 そうして、僕のこころは砂漠にいる(図)。その砂漠は、若干風が強かった。でも、この先には、この先には、私の視線の先には、必ず「マックス」がいるはずなのです。少しずつでも、歩むことができれば、「マックス」が、そこにいるはずなのです。「マックス」への期待は、ときめきとして、ジョージすることになるのよ。そうして、情事に夢中になりすぎて、砂漠を忘れ街に繰り出し、また「マックする」の。今日は、この勢いにのって、ビックマックがいいかもしれないわね。いや、ミケランジェロ・アントニオーニ監督の情事も捨てがたいわ。そうそう、ドリンクも頼まなきゃ。やっぱりカロリーを気にすると、コカ・コーラ ゼロかしら。でも、やっぱり爽健美茶の方がいいかしら。ビックマックだと、食べ過ぎちゃうわね。ねぇ、ジョージ、どれがさいこーかしら。

図 「マックス」どこ?1)

 「ジョージさいこーだぜ」の風に吹かれて。               

1) https://gqjapan.jp/culture/movie/20160301/mad-max-fury-road-wins-big



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