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題名:自我の崩壊と再生 -Loving the Alienから思想-
報告者:ゴンベ

 年とともに減る、あるいは、ヘル(Hell)な人生は、いたたまれない。年数に応じて何かを得るも、何かを失うのも、長きあるいは短き人生において如何なる人にとっても常である。そのため、浮き沈みする人生の流れの中で、如何に自己を見出し、自我を確立するかが、年とともに課題となる。それが減るかHellかは、最終的には当人の現実への考え方、捉え方に帰着する。できればHellでなくHeavenとしたい。しかしながら、減らずにもし何かを獲得できれば、年とともに補うものも多くなる。そのような流れの中で、自己自身が変化する中で、その理解できぬ自己(Alien)を愛すべき対象として客観視することも、年とともに重要性を帯びる。
 Loving the Alienとは、映画「エイリアン」だけでなく、自己を完全なる有機体として、自我をつきつめ、そこに愛すべき対象としての自我を見出すことも示唆している。映画「エイリアン」自体は、アンドロイドのビショップ曰く、「エイリアンは完全なる有機体である」が、ヒトの場合は、そうはいかない。のっぴきならない感情が、常に理性を支配する。そこに、Alienとしての自我の崩壊と再生を繰り返し、少しでも完全なる有機体へと近づく努力が要求される。それは、偉大なるアーチスト、David Bowieとしても同じである。
 報告書のNo.146にも示したが、David Bowieは2016年1月10日にすでに天に召され、この世にはいないアーチストである。しかしながら、ファンだけではなく、同業者の多くのアーチストにも影響を与えた人物であり、その存在は今もっても失われない輝きを持っている。しかしながら、時(年)の残酷な面は、アーチストの実時代のリアルな一面を失うことにもあろうか。それは近年、公開した映画「ボヘミアン・ラプソディ」におけるバンドQueenのボーカリストであるFreddie Mercuryとて同じかもしれない。ゆえに、ここで示したいのはDavid Bowieが1984年にアルバム「Tonight」の中の一曲「Loving the Alien」が、David Bowie自身が自我の崩壊と再生を明らかにしただろう、例えマイナー曲であろうとも、重要な一曲であることに声高らかに伝えたい一心として、明記したいからに他ならない。
 このDavid Bowieの「Loving the Alien」の思想として、MVからいくつかの重要な場面がある。一つは座禅、一つは背景、一つは鼻血・炎、一つはお金である。通してみると、完全に虚構の中で、それまでに自己としてまとわりつく、それまでに気づいた価値観(お金)とは違う何かを問いながら、それを今までと違う東洋思想(座禅)の中で見つめなおし、時には放出(鼻血・炎)することで、新たな自我を見出す。そして、自分はAlien(アメリカの中にいる英国人)であったとしても、自己は自己であることを示す(図)。このMVの中でも背景として思想があるのは、イタリアの画家、彫刻家であったGiorgio de Chirico(ジョルジョ・デ・キリコ)であることは、一部の方にとっては有名なところであるが、Giorgio de Chiricoに根差す「非現実的」「現実離れ」の意味によく使われるシュールレアリスムにおいて、現実を見直そうとするDavid Bowieの姿勢には、実は奥深いものが存在する。それまでのDavid Bowieを問うと、実はアルバム「Tonight」は重要な変化点として知られるのも、事実でもある。

図 David Bowie Video Set Loving the Alien, 19851)

そして、有名なアーチストとしての複雑さを目の当たりであろうともそこに自己の崩壊と再生を繰り返さなければいけない現実が、「Loving the Alien」から突きつけられる。

1) https://www.mutualart.com/Artwork/David-Bowie-Video-Set-Loving-the-Alien/AD36AAE9C410AE11 (閲覧2018.12.7)



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