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題名:北海道の南茅部のコンブがベースとなって味がしみ出す愛の現象
報告者:ダレナン

 本報告書は、基本的にNo.1291の続きであることを、ここで前もってことわりたい。

 ニャおーんと鳴いていた海猫がついに陥落した。その陥落は、ガイとして、メンズのように、アパレルし、あばれる君のように、歓楽街へといざなう。そう、あばれる君は、結構、インテリなのである。大学時代に教員免許(中学:社会、高校:世界史)を取得し、得意分野は、第二次世界大戦1)。第二次世界大戦。それはWorld War Ⅱ。Ⅱという二回に渡って、世界の政治的整合性と社会構造を変えた、人類史上、最も致命的な紛争。ふん、そう、なの、では済まされない出来事。それが、World War Ⅱ。詳しくは、あばれる君に尋ねればよいかもしれない。ただし、その二回は、文庫本であれば、上・下となり、長大な物語へのいざないとなる。それを頂戴な、と気軽にいえる・いける方は、普段から活字に親しんでいる方であろうけども、「だども、おらにはとてもそんななげーのよめねーべな」、と尻ごみしつつ、たぶん、上・下と渡って小説を読んだのは、久しぶりかもしれない。それはブリの回遊も、久しブリであるがごとく、海猫が鳴いた出来事にも似ている。波打ち際.comで、ニャおーんと示した、そのブリである。やがて、天然【寒ぶりしゃぶしゃぶ】とセットされ、それは、マリエちゃん(No.1291)も喜ぶかもしれない一品でもある。ただし、このセットの出しは、真昆布とあるも2)、それは北海道の南茅部産かは不明であった。
 第一弾は、映画海猫で、第二弾は、小説海猫で、アパレルした。でも、ここも、アパレルしたとの使い方を間違っているんじゃないの、という意見も耳に聞こえるも、それはあまり問題視しなくてもよい。ようは、頭の中の知識に、映画海猫を、小説海猫を、纏うことができたとの観点で。寒天はテングサからできるも、映画海猫、小説海猫は、北海道の南茅部の昆布を扱い、それがベースとなって出しがでて、映画、小説ともに、味がしみ出す愛の現象。そうして、両者に明確な違いがあることも見出せた。特に、小説ではハッピーアンドカフェさんのレビューにもあるように「むだに長い小説は良点を消してしまう。 ロシア人との混血、薫を主題にした女と男の哀しい愛の宿命、で物語を完結させるべき。その後の、ふたりの娘たちの物語への展開は必要なの??」3)ということが、最も異なる、ことが分かった。すなわち、映画は、やはりエッセンス。ドルトムントにも似て、エッセンスなのだ。ただし、「海猫が目覚める前に、私は人を愛したかったのです。」4)と始まる小説は、最後は、「海猫の声、それは愛の声」4)として、物語があり、それは、それで、ニャおーんとして歓楽街へいざなわれる。そう、海猫は、愛の物語を経て、ガイも陥落でける。そこでの薫は主人公として、映画では全編、小説では2/3のボリュームで表にブリするも、きっとその雰囲気は、Gracie van Gastelさん(図)のようなグレーシちゃん的な感じだったのかもしれない。むろん映画の伊東美咲さんの例もあるも、ここは独自にブリ返す。

図 グレーシちゃん5)

1) https://ja.wikipedia.org/wiki/あばれる君 (閲覧2019.6.17)
2) https://item.rakuten.co.jp/wasyokuyafukumimi/10000005/ (閲覧2019.6.17)
3) https://www.amazon.co.jp/dp/B0099FLIOO/ (閲覧2019.6.17)
4) 谷村志穂: 海猫 上・下. 新潮社. 2002.
5) https://www.pinterest.jp/pin/210754457540963725/ (閲覧2019.6.17)



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