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題名:水辺における内省 -Woodson Black氏からの思索-
報告者:ゴンベ

 そこに澱みがあれば、水は澱む。そこに流れがあれば、水は流れる。そうして、水辺における水の変化は、その周りの環境に応じて様々に変化する。しかしながら、一度得られた変化は、その水の状況に伴って繰り返しには起こらない。すなわち、澱みであろうとも、流れであろうとも、水には循環が存在する。マクロな視点に立てば、水の性質は、自然界の他の物質と比べて、特異なものであり、地球誕生以来、液体、気体である水蒸気、固体の雪や氷と状態変化をしながら、地球上を移動する1)。これを水の大循環という1)。
 これと同じくして、人の心も流動的であり、たえずUp To dateを繰り返しながら、循環する。いわば心の大循環に相当するものが存在し、その循環が、時に澱むこともあれば、時に勢いよく流れることもあり、同じ地点には留まらない。相当に澱んでしまい、停留していると思えども、その個体が生きている限りは、心の流動は止まらない。
 このような水の性質のため、古くから水に関して人との関連性が見出される。例えば、古代ギリシャの哲学者ターレスによって、「万物の根源は水である」との言葉が残されている。また、そのような考えは、人の心に、物事の根源を探求する哲学の出発点ともなった2)。その言葉の意味するところは、「水がその姿をいろいろに変えることによって、この世のすべての事物が生じる」という考え方であり、現在では、最終的に科学によって、この考えは否定されている3)。しかしながら、ターレスの考えた水の根源的な重要性が近代科学によって認識されるようになったのも、事実である3)。その他、歌などでも水と心との関連が示唆され、報告書のNo.269にも示された”川の流れのように”は、まさに、水の循環を人の心に例えた詩でもある。また、海外にも目を向けると、写真家で映像作家であり、ソングライター、songwhispererという多彩な面を持つアメリカのニューイングランドのアーチストHaux(Woodson Black氏)4)も、EPアルバム「All We’ve Known」の中の一曲「Seaside」で、海辺、洞窟、心などの言葉を使って、この循環性をうまく表現している。文献5)に「Seaside」のYoutubeがあるので、興味のある方は見ていただきたいが、非常に詩的でダウンテンポ、静謐で幻想的なサウンドスケープで包んでくれる6)ようなその曲と映像にはセンスの良さを感じずにはいら

図 Woodson Black氏による写真7)

れない。氏のInstagram7)も同様にとても素晴らしいものを感じる。この紙面では音楽で示すことができないために、氏の写真を一枚示す(図)。これを気に入った人は、「Seaside」の音楽性も好きに違いない。

1) http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu0/shiryo/attach/1331537.htm (閲覧2018.8.31)
2) https://www.y-history.net/appendix/wh0102-129.html (閲覧2018.8.31)
3) http://coref.u-tokyo.ac.jp/legacy/wp-content/uploads/2009/12/MIZU_WS_WN231.pdf (閲覧2018.8.31)
4) http://www.hauxmusic.com/ (閲覧2018.8.31)
5) https://www.youtube.com/watch?v=5RsjXz8MH58 (閲覧2018.8.31)
6) http://mizbering-music.com/archives/1473 (閲覧2018.8.31)
7) https://www.instagram.com/wdsnblck/ (閲覧2018.8.31)



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